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人づくりという評価

登録日 13/02/19   更新日 13/02/19

 検定試験  総合実践と商品開発  達成感  人づくりという評価  思考無き知識


人づくりという評価

商業教育の人は「工業教育、農業教育はモノづくり、商業教育は人づくり」ってよく言うけれど、 それは視点を誤魔化しているだけ。 時には、自分の指導力の無さを生徒の成績に責任転嫁する為の詭弁。 商業教育と同様に、工業教育、農業教育だって人づくりが前提条件でそれは当然のこと。 工業、農業がモノづくりなら、商業はモノと人、金の流れづくり。 その誤魔化しを社会がとっくに気付いている事に、気付いていない振りをしている。 「商業教育は人づくりだ」の否定では無く、それを言い訳には出来ない、と、いうこと。


(1)
検定というのは、 その技術、能力、知識を保持しているかどうかの指標なので、 授業中の態度は、外部の人間から見れば、検定という尺度としては関係が無い。 なので、「頑張ったから本当は点数が足りないけれど検定に合格!」 というのは、外部の人間から見れば、詐欺に近い。 もしも、それをも含めて検定と言うのであれば、 その旨を外部にも周知徹底しておくべきである。

(2)
授業中の態度の評価、というのは、それを見る視点によって変わる訳で、 大雑把には、 「生徒の態度が悪いから減点!」という視点と、 「生徒にきちんとした態度をさせられない教諭が悪い!」という視点と、2つが有る。 商業科教諭の言い分は圧倒的に前者が多いが、 各科目の特性にも因るのだろうけれど、 特に、教科によって生徒の態度に差が出ている場合、他教科や外部から見れば後者なんだろうな。 商業科の教諭って、 「生徒は教諭の言う事を大人しく聴く事がビジネスマナーの評価」という固定観念が物凄く強いから、 自分の授業法が、時として、生徒には(私にも)、何をしたいのか判らない、やってもつまらない、何の興味も関心も持てない、 という事に気付かないんだろうな。 たぶん。


長年の経験則として、 授業中、日常的に公然と、内職、スマホで書き込み、イヤホンで音楽、ネット麻雀ゲームにエロ画像、 私物をコンセントから充電、器物の破損、自由に歩き回り彼方此方に集まっては大声で雑談、合唱、 紙飛行機の乱舞にプロレスゴッコ、 暴言、開き直り、殴りかかる仕草、「体罰がー」 などなど。 それでも、教諭は、自分の評価を下げられたくないから、 見て見ぬ振り、事勿れ、それなりな成績を付けて、何事もなく卒業。

勿論、 これは複雑な問題で、二者択一ではないとは、思いますけどね。





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