キーワード辞典
(教育現場で言われる)「みんな仲良く」

登録日 14/10/11   更新日 14/12/10



私は、 国の異なる学生生徒に対し、 従来の様な「友好」「友情」と言った耳触りの良いレッテルの下で ニコニコ笑って浴衣着てパチリ、的な国際交流では無く、 時には対立も起きる様な議論をコーディネートし、1つの意見にまとめ上げてプレゼンテーションをさせるというプロセスを大切にする、 WYM/ASEPの先生方を、とても尊敬している。


教諭が物凄く大好きな「みんな仲良く」が、 時として、やりたい放題の相手に対して仲良く出来ないことに戸惑っている側を、 故意に一方的に悪者にし、 事勿れ或いは利益誘導でトラブルを棚上げにする為の、 教諭の自己満足と都合の良い綺麗事のインチキであることは、 「(安易な両成敗で)先生に強制的に謝らされたが、俺は絶対にアイツを許さない」とか 「同級生に罪を擦り付けられ、その後当事者だけで和解したが、その過程での教諭の対応が物凄く酷かった件」 などという書き込みが日常的にネットに溢れている程度に、 今では小学生でも理解している。 これが「対立をすること自体が悪」な体質へと誘導されている事も。

大切な事は、 仲良くする為に、トラブルを棚上げ、有耶無耶にするのではなく、 根本的にトラブルを解決することで、仲良くなること。
友達だから仲良く? 仲が良いから友達?
此処を本末転倒して「俺の善人性、カッコイイ?」的に自己陶酔している教諭も、物凄く多い。

永年の経験上、その特徴としては、

  1. 「対立すること」自体が悪。陰湿な事勿れ至上主義。
  2. 或いは、「自分は正義」「自分の価値観が絶対」。
    価値観の多様化を言い、此の価値観を認めろ、と言いながら、他の価値観を否定する。
  3. 「他人が自分と同じ価値観でない」ことを非難し、他人の人格にレッテルを貼り周囲に評論することで満足、安心、保身をする。 そのレッテルは独善的、情緒的なもの、或いは捏造で、張られた方は殆ど意味不明、酷い迷惑でしかない。
  4. 発言が、誰に対しても常に上から目線。「大人の対応」「大人気無い」と御託宣する事が快感。しかもステレオタイプで断定的。 自分の価値観と同じで無い人は大人では無い、ガキだと見下している。
    他人の発言を自分に都合の良い様に捻じ曲げて解釈する。「私はそんなこと言っていない」を、全て言い訳だと捉える。
  5. 例えば「弱者の味方」な自分の善人性に陶酔することでアイデンティティを確立している。
    本当に弱者の事に気を巡らせている訳では決して無く、「してやっている」意識が強い。
  6. 或いは「弱者の味方」の振りをして様々な利権の甘い汁を吸っている。
    「自分は特別な存在」で「生徒の為(実は自分の欲)」という御旗を立てれば、 職員会議での決定事項や法律も守る必要が無い、と誰もが考えている。
  7. 性善説が前提でリスク意識が皆無。或いはリスク管理をすることが悪。

まず、真実の自分を知ること。そして、真実の相手を知ること。
その上で、相手にレッテルを貼るのではなく、 阿るのでも妥協するのでも過度に排他するのでもなく、 自分と相手との距離間隔を臨機応変に自分でコントロールすること。 これも、コミュニケーションの一つ。

...なんて偉そうなこと書いているけど、私自身もとても難しい。





[ 赤い玉の画像 ] 「キーワード辞典」の目次へ

[ 黒板消しとチョーク受けの画像 ]