もしも、Rynが、勝手に考えるなら、こんなのが良いかなぁ...と思うものです。
よく聞かれる意見に、
「インターネットによって地域に開かれた学校作りを!」と言うものが有ります。
もっともなのですが、これには、1つ、条件があります。
それは、開かれる側にもインターネット端末が必要である、ということです。
つまり、全家庭にインターネット端末が有る事が前提になっているのです。
学校がインターネットで公開しても、参加出来る人が少なければ、無意味です。
確かに、これからは、インターネットは車の免許と同じ位に日常の中に入り込んで来るでしょうが、
でも、バスやタクシーも必要ですよね?
私としては、別に、「開かれた学校」を作るのに、電話やFaxでだって良いと思うんですけどね。
なんでかしら??
そもそも、「インターネットで開かれた学校作り」って、
「学校」を開くのであって、「生徒」を野放しにするものではないと思いますし、
「教育にインターネットを」と言っても、インターネットって、
あくまでも、「教育にも使えるネットワーク」であって、
決して、「教育のためだけのネットワーク」ではないと思うんですが...
以下は、たわいない夢の世界です。
「インターネットは、とても便利な「道具」だけど、
それは「手段」であって「目的」ではなく、
全てをインターネットでする必要はないし、すべきでもない」
が、コンセプトです。
また、
自分の授業そっちのけで1日中競馬のページを見ている教諭が現れる可能性は、大きいでしょう。(経験談)
学校が公に発行するメールアドレスは、学校の目的のために使用すべきです。
現在のインターネット先進校が行っている様に、
学校が、教育の一環として、(学校間や地域間の交流など)明確な目的を持ち、必要に応じ、
全校生徒に「学校アカウントの」アドレスを渡すのは判りますが、
何の意味も無く、対外的な見栄で、「全校生徒にあげます」「どうだ凄いだろ〜」という、
そんなメールアドレスは、必要だとは思いません。
「学校では何をしても良い」「学校では失敗しても構わない」「どんどんアカウントを渡そう」
(しかも、責任所在は「学校?」「生徒?」「保護者?」と、玉虫色)というのは、
教育界からはカッコ良く見えるかもしれませんが、他からみれば、時としてハタ迷惑なだけです。
そんな考え方を、ワールドワイドなインターネット参加者全員が理解してくれるとも思えません。
「失敗」がワールドワイドに影響した時、どうするのでしょう?
(最悪の場合、日本のインターネット教育の信用は落ちます。)
授業や、地域や学校間コミュニケーションなど、学校で公に必要なアドレスのみ発行し、
生徒が意味も無くプライベートで使う様なアドレスは、「学校」で発行すべきではないと考えます。
目的としては、
(1).学校間、地域間のコミュニケーションツール
(2).ビジネスメールの練習
(3).メールの仕組みと、そこから発生する「してはいけないこと」
などが有ると思います。
「学校のアカウントでは、プライバシーが守れない」というのは、個人的には、ちょっと意味不明です。
一体、「学校で」どんな「コミュニケーション」をしようというのでしょう?
それで、「メールは個人だ。全員にメールアカウントを与える事で、自己の責任を...」というのは、もっと意味不明です。
「学校のアカウントからでない」メールを、授業の一環で、
「学校から」「プライバシーを守らねばならぬような」相手に送信したとき、
まず、受信者がそのメールをどの様に思うか、不安です。(私なら、信用しない)
場合によっては、反って危険な様な気がします。
(学校のアカウントへ悪戯する人は、freemailのアカウントへ悪戯する人よりは少ないんでない?)
管理、運用面では、
ed.jpドメインのfreemail(の様なもの)を教育機関が構築し、
それを使うのも一つの手だな、と思います。
最初から悪意が有る場合は問題外ですが、
どんなことでも、失敗をしない人は絶対に居ません。
でも、その失敗により、ワールドワイドなインターネットコミュニティが受けた影響を、
学校が何処まで対処出来るか、が、大切であると思います。
個人的に、
全校生徒一人一人が外部へ送信出来る、学校のメールアドレスを持つ事の意味が、
まだ、見つからないのです。
特に、最近は、生徒の方が余程携帯メールなどを使いこなしていますから、
「メールの送受信の体験」なんてのを今更高校の「授業」でやって、意味が有るんだろうか、と、思います。
必要になるのは、「生徒会」「委員会」「部」などの、生徒の組織単位のメールアドレスでしょうか。
或いは、課題研究の授業の全員またはグループ単位で1年間だけ発行する様な事も有るかもしれません。
「生徒会」では、「会長」「副会長」「書記」などのアカウントを作り、
各々が責任者となって管理する様にしておくと良いと思います。
「委員会」「部」なども同じです。
常時外部に繋がるインターネット端末は、図書室などに、学校規模に応じて相応台数を設置し、
他に、進路指導室や生徒会室、保健室などに数台有れば、どうでしょう?
校内だけで使えるメールアドレスを割り当て、色々な授業で活用(体験ではない)をしたり、
生徒が教員や保健室、相談室などとメールを送受信出来る様にするのは、良いかもしれません。
また、登校拒否など、学校に出て来られない生徒に対し、
学校との連絡用に、適宜、メールアドレスを与える、というのは、良いかもしれません。
この場合、生徒の自宅に、パソコンとインターネット接続環境が必要になります。
自宅に無い場合は学校が貸し出さないと無意味です。
自宅に有る場合は、既にメールアドレスも持っている筈なので、
学校のメールアドレスが必要なのか、とも思うのですが、
用途によって使い分けられる、と言う意味で、有っても良いかな、と思います。
情報処理系の実習の授業で、外部との交流や情報収集ではなく、
「インターネットの仕組み」や「メールの仕組み」「ネチケット」等といった
テクニカルなこと
で端末を使うのなら、
情報処理実習室の端末は、必ずしも、外に繋がっている必要は無いと思っています。
例えば、
校内に2つ以上の(外に出ない)サーバを置き、それぞれ適当にローカルなドメイン名を付け、
それらのサーバを繋げても、インターネットの構造にはなります。
サーバ間で、総合実践も(やろうと思えば)出来ます。(学校間でするより、明らかに楽です。)
インターネットの仕組みを説明するのでも、外部に迷惑がかかりませんから、ある程度好きな事が出来ます。
なにも、サーバから外に繋がっていなくては出来ない事だとは思わないのです。
上記の様な、情報処理系の実習で使う様なパソコンは、
必要に応じて外部に繋がる様な構造にしておいても良いとは思いますが、
常に繋いでおく必要はく無いと考えます。
校内専用の生徒用のコンテンツは、全ての端末で見られるようにしておけば良いかとは、思います。
メールやメーリングリスト、掲示板で議論をする、ということは、
(1).文章にすることで、自分の漠然とした考えをまとめる事が出来る。
(2).相手に「理解してもらえる」文章を書くことを意識するようになる。
(3).相手の書いた文章を理解し、必要な部分のみを取り出して引用し、
その部分に対し、さらに、自分の意見を書く力が必要になる。
(4).(うまくいけば)相手の事を考え、思いやる様になる。
という、コミュニケーション能力を育てる、という意味で、
メリットが有ると思いますので、活用次第で、面白いと思います。
学校のアカウントで、授業中に、
「今度の日曜日、ヒマ?」「じゃカラオケ行こうか」
というメールのやり取りをさせて、
それがコミュニケーションの「授業」なんだろうか、と思うのです。
(そんなこと、生徒は普段から自分の携帯でやっている。
よく、「マウスの練習」と称して、
いつまでもソリティアなどのゲームを授業中にさせている教諭が居るが、
テレビゲームに慣れている高校生にとっては、授業でもなんでもない。
何だか、「授業」と「日常」の境目が曖昧。)
外部向けの(誰でも書き込み自由な)掲示板は嫌いです(除く、同窓会)。
メールでの応対の体制さえきちんとしておけば、そんなものは必要ありません。
似た様な環境を作りたいなら、メーリングリストの方が良いです。
つまり、地域参加型の学校を考えるメーリングリスト。
或いは、外部の人と生徒とが一緒に議論するメーリングリスト。
「外部の人」を、予め決めた人だけにするか、不特定多数にするのか、は、
学校によります。
ある時、要約すると、
「ネチケットだか何だかゴチャゴチャ言っていないで、放課後、全校生徒にインターネットを開放しろ!」
「世間と言うのは、その学校が全校生徒に自由にインターネットを使わせている、という事を評価するのであって、
そこで実際に生徒が何をしでかしていても、学校だから、で許されるのだから、ガイドラインなんか必要無い!!」
と私に言い切った教諭が居ますが、
言われた時、5秒程度、
頭が真っ白
になりました。
たしかに、世間に対し、
「わが校では、全校生徒に外へ送信出来るメールアドレスを与え、
授業中はいうに及ばず、放課後も自由に生徒に外へ繋がるインターネット端末を使わせています。」
と言えばとってもカッコイイのだけれど、
それは、きちんとガイドラインに沿って使わせるからカッコイイのであって、(勿論、そういう学校も多く有ります)
ただ、何でも良いから開放さえすればよい、というものではないですよね。
そして、恐らく、そういう(ガイドラインがいい加減な)学校の生徒が、
外部の見ず知らずの人間に向かって「死ね」なんていうメールを平気で出しているのでしょうね。
(未だに、根に持っている、Rynです。)
世間って、そういう部分も結構、見ているものです。
直接は言わなくとも、「あの学校のインターネットはロクなもんでない」という評判やウワサ、口コミに変わります。
少なくとも、私は、「死ねメール」の学校を信用していません。
(その学校のWebページを見た所為もありますけど...だって、掲示板がアンマリなんだもの)
この辺りは、
その学校の教員全体の協調性と、生徒への指導力なのでしょうね。
インターネットの管理がどうとか言うのではなく、学校全体の生徒指導の体制の問題です。
放課後、開放するのかどうか、と、いうのは、学校がとる事の出来る体制によって違います。
単純に、使わせるから「開放的な学校で良い」、使わせないから「閉鎖的な学校だからダメだ」というのは、
ちょっと違うのではないか、と思っています。
放課後に使わせていても、それが放ったらかしになっているなら、
そして、もし、
実習室のパソコンからボードが抜き取られたり、
インターネット端末にアダルトサイトへ電話をかけるソフトウェアがインストールされていても、
生徒への何の指導もなく一部の教諭の中だけでウヤムヤにしてしまおうという体制しか学校がとれない
(実体験談)のなら、
開放しない方がよっぽど世間の為に良いです。
但し、開放していないから、体制が取れないのだ、と解釈する事も、誤りです。
( '99/10/19 記す )